
…ていうか...
〜10月分〜
by 今木ツヨシ
and
produced by
S.Kurata
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それで可です〜ガンダムの基本はマジンガー説〜
1998/10/1記
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……
あってます
。いやそのえっと、
「ガンダムの基本はマジンガー説」はそれで可です。
マジンガー(の魅力)に反応する回路でガンダムを見る態度、といいますか。
別に可能な見方ではあるんだけど。
反論しにくい部分〜ONE前半説〜
1998/10/1記
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「ONE前半説」の反論しにくい部分ってのはたとえば。
ギャルゲーやりたいんなら「ONE」じゃなくても替えが効く、つっても、
「作品」が見たいんだったらそんなギャルゲーの皮を被ったものじゃなくてもいくらでもあるじゃないか、よそをあたれ、って言われたら反論できない。
作品としての固有性、なんて議論はそもそも、それが「作品」として認められるものだ、というのが前提だがら結局トートロジーなんですね。
あと、単なるギャルゲーではない、なんて言い方になっちゃうのもアレだし。
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いやね、作品として云々、とやってると、お前だってただのギャルゲーファンだろうが! って電波が飛んでくるんですよ。
まあ僕は(広義の)ギャルゲー的「キャラの魅力」の見地からも、前半説ってのはない、と思ってるからいいんだけど。
やっぱ、あのシナリオは卑怯……何を称して卑怯と呼ぶかはそのうち考えます。とりあえず、
あんなものをあんなふうに見せられたらそのキャラに狂うしかないじゃないですか!
ああっ! わかってはいても感動してしまうっ!
という感じか。
でも「いやオレ茜に全然興味ないし」とか言われたらどうしよう……。とりあえず暴れる。
ご挨拶
1998/10/1記
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あ、
くろっくはち
さん、
捕獲
ありがとうございます。やや遅まきながらですが。
「絆」という言葉
1998/10/1記
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絆について補足すれば、何かそういう、何が重要だかわからないものが少しずつ降り積もって出来ていくものかな、って。なんぼなんでもそれだけとは言いませんが。
ほんとうに離れ離れになった時試されるのって結局、それまでどういう関係でいたか、でしかないし。その意味ではみさき先輩風。
「ONE」のアレって、世間一般でいう「絆」とは多少違う気がして、だからこそ気に入ってる、という話なわけですが。
「絆はある!」みたいなのもそれはそれで好きですけどね。Sジャーニー3話でいうところの「ピュアな愛、ありますよ」とか。With You 真奈美篇については別に、ああいうのは絆じゃない、って思ってるわけじゃない。ただ、あんまり大声で言い立てるのはちょっとなあ、と感じてしまっただけで。
「絆」という言葉自体あまり好きじゃないんですけどね……。
Gガン前半説
1998/10/1記
1998/10/4修正
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Gガン前半説、今木ツヨシの場合。
以下はいまいち抽象的だけど、まあ印象なので。
後半はわりと、どこが面白いのかわからないとかそういうレベルなんですね。そりゃ面白い回つまらない回の区別はつくわけですが、何かこう、根本的に見ててノれない、という。だから後半に関する言及はおおむね無理解に基づいたものと受け取ってください。
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後半は、「地球がリングだ!」「上(コロニー)の連中は地上のことなんて何も考えちゃいねえ」「また、厭な一年が始まりやがった……」ってあたりが、見ててまるきり意識できなくなってるのがなあ。闘う背景がうやむやにされた気がして、燃えらんない。
僕は最初のへん見た時、あの「まんま」なコロニーとか、「地球を取り巻くビームロープ」「次々と地上に降下するガンダム」「廃虚と化した地上の街」あたりのヴィジュアル、何より「ガンダムファイト」という、破天荒な世界観(地球全土を舞台としたバトルロイヤル)が確立されてるのを見て、「よっしゃあ!」って思ったんですけどねえ。もうこれだけでこの作品は勝った! みたいな。
ガンダム一機とおのれの腕だけ(サポートクルーはいるけど)を頼りに、荒廃した大地を、瓦礫の街をさまよう図。しかも廃虚を作り出す側の人間として。彼らにとって戦場以外の場所は存在しない(地球がリングだ!)。バトルフィールドのロケーションも豊富で。
……ってあたりに燃えてしまったのが運の尽きで。そして交錯する国家の思惑、またファイターたちそれぞれの野心や孤独、嗚呼……ってなもんです。
それを引きずっちまったもんで、決められた闘場で観衆に見守られながら、ってのにいまいちついていけなかった。そりゃ裏にはいろいろあるわけですが。
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思うに前半はガンダムファイトってタテマエでしかないのね。
おのおのの思惑がぶつかり噴出する場であっても、勝負そのものが目的ではなく。
GFは熱いドラマをやるのに都合のいい世界観であって、
それ自体を描くのが目的だったわけじゃない。だから、チボデー達には、
たとえば「拳で語り合うファイター同士」というより、単にひとりの男
としてのドモンの動向がいちいち気になるわけです。だからこそ、彼を中心に動く。
「結局どいつもこいつもあのジャパニーズが気になるってわけか」
っていう状況になっていくのが大好きでした。
そういう動きがある、ということが。
どうも、復讐果たして(ないけど)、オレはこれからは自分のために闘う!
そのために皆との約束の地香港へ行く! まではドラマを感じるけど、
そこから先には興味が向かない。何かこう、幸せにファイトやってられてもなあ。
まあ好みの問題でしょうけど。全勝宣言とか、「ガンダムファイトに優勝する」
ということになんら燃えるものがなかったので。
「この男を知っているか!」ってのが(モチベーションとして)よかったのにい。
たとえばドモンって国家の思惑なんて気にしてませんよね。それが
コロニー国家間の主権争いだってことは。前半も後半も。
コレが「俺は俺の復讐さえ果たせればいいから国の思惑など知ったことか」
ってのはまあ、カッコイイしヒーローなんですけど。その点後半って
モチベーション的に話にならないかなって。
何か「ガンダムファイターを磨くのは、ガンダムファイターだ!」
みたいな話になって。
いや「アイアンリーガーを磨くのは、アイアンリーガーだ!」というのは
いいんです。あれは兵器開発のタテマエであるアイアンリーグを、あるいは
単なる潰し合いの場にしかなってないアイアンリーグを、ロボット達の自己実現の場
として獲得していく話だから。要する事態は変わってゆくわけだから。もはや
兵器に改造されるリーガーもいなければただ潰し合うのでもない世界というのが
実現される。
ドモンは単に心に棚を作ってしまっただけで。「ガンダムファイトの現実」
については東方先生一人にしょいこまされましたね。
拳でしか語れない男達にとって、たまたま都合のいい方法としてGFをやる、
って「香港へ行く!」ってそういうことかい。
いや、そうするうちに何か事態そのものを変えてゆく、というのなら
ドラマになるけど(それを期待してしまったけど)、そうなっていない。
ドラマ的には、とりあえずデビルガンダム問題とかファイターの悩みが優先、
ガンダムファイトそれ自体には無自覚にいろんなドラマが乗っけられる、と。
何かそういう「とりあえずファイト」みたいな感じがヤだった覚えがあるなあ。
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まあ多分今川監督が「ガンダムファイト」というものを
そのまま肯定できるようになってしまった、
向き合うって悩むのをやめてしまった、
というせいじゃないかと思われるんですが。
吹っ切れてしまうと面白く感じない人間なのかも。
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あと、東方先生。あのキャラは僕の中では、ギアナ高地で終わってるんです。
あの徹底して不様な負けっぷりは見事というしか。馴れ合いめいたことは一切抜きだし。なんたって「そのまま寝ていろ!」ですから。
もちろんまだまだ描かれたりなかった人である、ということはわかってるんだけど。
気に入った終わり方をしたキャラが活躍し続けるのはやっぱり見てられないです。
多分「そういう見方では駄目」なんでしょうねえ。
まあ「前半は面白い」なんて中途半端な持ち上げ方はせず、
「Gガンより味っ子だ!」って言うことにしようと思ってますけど。
NF上映会など
1998/10/2記
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ところでNF上映はなんとなく「ガンダム以外」らしい。サンライズ。
Sジャーニーとダイターンくらいしか
具体的には決まってなかった気がするけど。あとビバップか。
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立て看は岡本が「センチメンタル・ビバップ」って感じの図案を出してるけど
先行き不明。
ビバップのOP風にセンチキャラを配す感じで、実現すれば
肌色作らなくて済むという画期的なものだ。
「12都市12少女物語」のロゴだけとか、OPの木陰とベンチの背景とか、
そういうのも案としてはあった。
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QJの表紙はマルチだったがエロゲーはほとんど触れられず。
あと、「コミックファンタジェンヌ」にONEのヘボマンガが。
ていうかまだ潰れてないぞこの雑誌。
注:NF=November Festival,11月祭,京都大学の学祭
Gガン前半説補足
1998/10/3記
1998/10/4修正
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(ドモンの)女々しさ
、についていえば、要するに受け身の位置にありすぎる、
ってことじゃないかって。常に後手後手にまわって。なんつーか
世界に対して受け身でしか関わってないっていうか、印象として。
反応パターンはそんなに変わってないし。
まあ、しょっちゅう成長とかやり直すもんだから繰り返すほど男が下がる、
というのもあるか。
後半ドモンが影響与えた相手ってアレンビーくらい。
ドモンに動かされた代表のシャッフルも、
なんか救済措置とられて地位向上してるし。
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ネオ香港ってどうも世の現実から離れた華やかな場所だし。
そこで(世界に背を向けて)ファイトに没頭できるのもある意味女々しいっつーか。
「ぼくはガンダムファイトをやってていいんだ!」? ファイター(特にドモン)
と監督が、ガンダムファイトに対する心情においてシンクロしてる、
というのは本人が言ってたけど。
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TVでガンダムをやんなきゃいけない状況ってのはやっぱり廃虚ですけどねえ。
さんざんガンダムやったおかげで寒いことになって。上から押しつけられたものだし。
意外とガンダムXに近い部分もある? まあ高松信司と経歴も似てなくもないか。
後半デビルガンダムとか同四天王に関する部分がかなりおざなりな気がするのも
実はそのへんか。
ファイトの外側の現実っていうか。
わざわざガンダムに乗って闘いやってる必然性を意識させる部分というか。
ただファイト盛り上がってればいい、とも、別にガンダム(ファイト)
じゃなくてもいい、とも言えなくなる部分だから。
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受け身であることに関していえば、そりゃあもともと巻き込まれ型には
違いないんだけど、やはりその中で突っ張ったりもがいたりしてるうちに、
なんか周囲が動き出したり新しい状況が出て来たりしないと面白くないわけです。
まあ、ヒーロー性を持たせるなら、ですが。ウテナとか。
ドモンをヒーローと決め付けちゃいかんといえばそうなんだけど。
あのキャラってどう見てもファンに暖かく見守られてるよなあ。
袴にバッシュ
1998/10/3記
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で、With You。
袴
ですか。袴にバッシュってのは邪道ですか?
僕は「これだ!」と思いました。
「純粋和装袴」「大正浪漫袴」に続く第3の形態です。
いや、単にキャラの立て方として、
そのテのわかりやすい小技はかなり好きかも、ってだけ。
キャラ萌え(袴編)
1998/10/4記
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んー、
漫研はストーリー重視でアニ研はキャラ萌え
、ですか。
だから
うち
はギャルゲー(エロゲー)サークルになってるんですね。
ってサークル込みでいうなって。
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ファンって言葉は記号があってりゃOKみたいで嫌い
?
袴erのくせに何言ってるんです……
ああ、だから「いい袴とよくない袴がある」って吟味するのか。
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袴そのものじゃなくて、真に重要なのは「風情」である
(敢えて取り出すなら)、という話で以前盛り上がった記憶が。
たとえば僕に袴属性があるとして、
やっぱり袴そのものが重要なわけじゃないんですよ。
袴にとり憑く観念が重要なんです。いうなれば妖怪です。
いや最近「眼鏡っ娘妖怪説」を人から聞いたもので。
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とりあえず袴にバッシュだと「袴〜」とか「巫女〜」じゃなくて
「菜織〜」ですからねえ(謎)。前書いた「これだ!」ってのは、
「菜織だったらこれしかない!」って意味で
(だからよく考えたら僕のは袴の話になってない)。
キャラを立てるためのツール。
むろん順番としてはツールによってキャラが立つんだけど。
キャラ萌え(幼なじみ編)
1998/10/4記
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ファンという言葉は嫌
ですか。僕も嫌なあり方のイメージってのはあって。
たとえばオタク間で、それなりに「〜属性」というのが公然化すると、
安心できる帰属先というか、とりあえずのライフスタイルとしてというか、
そういう確立のされかたをする。その指標的記号的匂いがヤですね。
フェチ魂が感じられない、っていうか。
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でも幼なじみスキーとか普通そういうものな気が。
- ◆
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僕にとってのツボは「ロールチェンジにまつわる緊張」とか
「無邪気な日々の終わり」とかそういうあたり(そんな中で
変わるものと変わらないもの、変化の中ではじめて確かめられるもの)
なんだけど、たぶんそういうのは求めてられてないだろうなあって。
- ◆
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何か他人であることをいまだ知らないような関係をずっとやっていって、
延長上というか予定調和として恋人になるってのが多分ニーズでしょう。
変化に戸惑う部分ってのはもうお約束として通過するものでしかなくて。
求められているのは「どれだけ対立のない(無邪気な、昔と変わらない)
関係か」「実はどれだけ俺様にラブラブか」とかそういう描写で。
そういう描写の量と質で満足度を判定する、
みたいなのが幼なじみスキーな気がするんですけどね。
- ◆
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いや、攻略なんだから予定調和なのは確かなんだけど。
個人的には、そこは嘘でもいいからドキドキするのが礼儀じゃないかって。
- ◆
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長森シナリオの後半における主人公の精神状態とか、わかってない人が
いるみたいなので。(どうも秋津君がそうなんじゃないかと)
それがどうも、
「長森が好きだからこそ、確かめたくって傷付けてしまったんだ」
というセリフだけから判断して「納得いかない」っていう話みたいで。
(これは
けふいち
君が日記に書いてた)
あれがわかんないってのはそりゃねえだろう。
せめて理屈としてわかれ、って思う。
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でも僕の場合、何かドラマのためのツールとして幼なじみを見ていること
になるわけで。
お詫び。
1998/10/7記
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-
すみません
。>
けふいち
君。こっちの
記憶違い
でした。なんかどっかで
『「長森が好きだったからこそ、
好きでいてくれるか確かめたくてヒドいことをしたんだ」なんて話あるかい!』
って話を読んだ気がしてたんだけど……。ごめんなさい。記憶に頼るのやめます。
お詫びと恥のついでに訊くけど、昔掲示板に書いてなかったっけ?
過去ログ消失してるけど。
どうかお見捨てにならずに、今後もよろしくお付き合いのほどを。
実は秋津くんも「後半の主人公の精神状態が納得いきません。
誰か説明してください」って言ってただけだし、やっぱりウラを取ってない。
最低。彼はその時点では長森シナリオしかやってなかった気もするけど、
これも記憶。
- ◆
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こんなことのついでに言うのもアレだけど、僕的には
長森シナリオは「わかるんだけど、ヤな話」かな。評価はしてる。
なんか全然「いい話」じゃないな、ってところとか。公園で追い付かれるあたりなんて、手元にベヘリットあったら血の涙流してるかも。全然違うか。
「ねえ……ひどい奴だって言ってよお……人殺しってなじってよお……」
って今度はゲームが違う。
秋の新番組
1998/10/20記
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今んとこ見ているのは「ガサラキ」「カレカノ」「lain」「ガウル」「月天」
「鉄コミュ」。
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ガサラキは見せ方的に気に入ってますね。いつもながらの細部へのこだわりは
無論だけど。なんか静謐っていうか、静かに張り詰めたカンジがもお。
いや、「少年A’」のマンガ版がどうも数ページ読んだ限りでは、普通の
ストーリー物な展開(ユウシロウの自分探しの旅が始まる、とかなんとか)
でわりと好対照。
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ああ、「鉄コミュニケイション」の小説版(秋山瑞人・電撃ゲーム文庫)が
けっこういいかも。原作及びアニメ版に対する不満がほぼ解消されているスグレモノ
ですかね、個人的に。「この設定はこう使う!」「キャラはこう立てる!」みたいな。
別キャラで別物だけど。
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やっぱ13歳(推定)のガキんちょはこう……。
言い出したら聞かなかったり、
ちょっとした思い付きで得意そうになったり、
言い募ってるうちにわけわかんなくなったり、
落ち込んでベッドに丸くなって死んじゃってたり、
気にかけてもらうのが妙に好きだったり、
ってな描写が欲しいかなって。13歳にしては幼いかも。
冒頭はいきなり女のコの日記だど。
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ところで、
ジェネレイターガウル辛い
ですか?
ダグオンみたくいかにも現代的に腐ったっていうか、キャラを並べただけ、
な感じはしないんだけど。
まあかわりに、あまりに古典的っていうか懐かしいっていうか安心できる
っていうか。昔のマンガかい、って。やっぱダメか。「店子といえば子も同然」
だと?
筆箱に「ガウル」って大書してあったりするのはミョーに気に入ってます
(2話)。
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